図:瀬見の小川(ChatGPTによる)
石川や 瀬見の小川の 清ければ月も流れを たづねてぞすむ
『新古今和歌集』巻十九・神祇、1894番。賀茂社の歌合で「月」を題に詠まれた歌です。現在の京都・下鴨神社の糺の森には「瀬見の小川」がありますが、長明のいう瀬見の小川は本来、賀茂川の異称だったと考えられています。([JapanKnowledge][1])
大意は、「石川の瀬見の小川はあまりに清らかなので、月までもこの流れを尋ねてやって来て、澄んだ姿を水面に宿している」。ここで巧いのが最後の「すむ」です。「澄む」と「住む」を重ねる掛詞――一つの音に二つの意味を働かせる和歌の技法――になっています。月が水に澄んで映ると同時に、神が清浄な土地に「住む」、すなわち鎮座することまで響かせます。([アサヒネット][2])
ところが、この美しい歌には少し可笑しい後日談があります。長明自身が『無名抄』に書き残しています。最初の歌合では、判者から「そんな川があるのか」と疑われて負けにされました。再判定した歌人・顕昭も「聞いたことがない」と判断を保留。後日、長明が「賀茂川の異名で、賀茂社の縁起にある」と説明すると、顕昭は驚いたといいます。長明は賀茂社の神職の家に生まれていたので、いわば土地と家に伝わる語彙を歌壇へ持ち込んだのでした。([JapanKnowledge][1])
この逸話を知ると、「たづねて」という語が妙に面白くなります。歌の中では月が川を「尋ねて」くる。歌の外では、判者たちが「瀬見の小川とはどこだ」と尋ねる。美しい月夜の歌の背後に、言葉の真偽をめぐる小さな論争があるわけです。
しかも長明は後に、この歌が『新古今集』に採られたことを非常に喜びました。『方丈記』では、住居も財産も人の世も流れ去ると書いた人物が、若いころには「自分の言葉が歌集に残ること」にこれほど執着していた。その人間臭さまで含めて読むと、八百年前の一首が急に近く感じられます。
[1]下鴨神社|日本歴史地名大系|ジャパンナレッジ"
[2]鴨長明 千人万首
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