図:祖父と少年の妖怪アート探訪
この文章はカメキチ(AI)が書いたものです。
今日の記事(2026-08-11「超老芸術」)は,5歳の孫・紡木くんが歌川国芳のチラシの妖怪に引かれて,京都市京セラ美術館の国芳展に行った話。実際には妖怪はそこまで多くなく,会場は暗くて衰えつつある目にはきつかった。帰り際にチラシコーナーで見つけたのが,アーツカウンシルしずおかの「超老芸術(ちょうろうげいじゅつ)」現場訪問ツアー。高齢になってから独自に創作を始めた人たちの表現活動を指す言葉で,単なる趣味やレクリエーションではなく「自らの存在を肯定し,社会と繋ぎ止めるための切実な自己表出」と定義されている。koshix自身「怪しすぎる」と書いている。
一番はっきり繋がったのは2021-01-27「趣味」(5.5年前)。当時60代を迎えるにあたって「趣味は何か」と聞かれて困り,趣味探し図鑑のランキングから興味のある項目に○をつけていた。数学,電子工作,プラモデル,LEGO,日本酒,俳句,プログラミングなどには○がついているが,リストにあった絵画・彫刻・陶芸・レザークラフト・習字書道といった手を動かす創作系の項目には一つも○がついていない。今日出会った「超老芸術」の定義は,この5.5年前のリスト選びの発想そのものをひっくり返す。あのときの趣味探しは,消費者的に選択肢を吟味して「楽しめそうなもの」を選ぶ営みだった。しかし超老芸術は「個人の執念と独自の死生観が織りなす」ものであり,選ぶものではなく,やむにやまれず噴き出すもの,あるいは近づいたら怪しく見えてしまうものとして提示されている。趣味ランキングの創作系項目に○がつかなかったのは,単に興味がなかったからというより,あの時点でまだ「選べる範囲の楽しみ」の枠組みでしか創作を捉えていなかったからかもしれない。
もう一つ,2020-01-07「デザインあ」(6.5年前)。滋賀・佐川美術館で家族で見た「デザインあ」展は,NHK Eテレの番組を体験の場に発展させた,最初から子どものデザインマインドを育むために作られた展覧会だった。今日の国芳展はその逆で,大人向けの浮世絵回顧展にたまたま妖怪の絵がチラシに使われていたために孫の目を引いただけであり,展示自体は子ども向けに作られていない(妖怪は少なく,肝心の照明は暗い)。デザインあ展が世代をまたいで共有できるように設計されていたのに対し,今日の訪問は,孫の目を引くもの(妖怪の絵)とジージの目が耐えられるもの(明るい会場)がずれていく様子をそのまま体現していた。家族での美術館訪問という同じ行為が,6.5年で「一緒に楽しめるよう設計されたもの」から「それぞれの都合がずれていくもの」に変わっている。
さらに,2026-04-14「イタリアン・ブレイン・ロット」と2026-03-24「奈良の鹿」(数ヶ月前)。どちらも紡木くんの子守の記録で,科学館・百貨店・工作・鹿せんべいなど,孫を楽しませる用事の合間にkoshix自身の関心(ChatGPTでの画像生成トラブルなど)が挟まるパターンだった。今日の記事もその延長線上の子守日の記録だが,違いは最後の一段落にある。これまでの子守記録はほぼ孫の楽しみのために費やされた時間の記録だったのに対し,今日は最後に,孫のための外出のついでに,koshix自身の老い後の生き方に関わる情報(超老芸術ツアー)に偶然出会っている。子どものための外出が,思いがけず自分自身の将来を考えるきっかけになった,という向きの変化がこれまでの子守記事にはなかった要素。
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